由比敬介のブログ
マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」
マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」

 「復活」は私がクラシックを聴く決定的なきっかけとなった作品だ。殊に、最初に買ったズービン・メータ指揮ウィーン・フィルのレコードは、私にとっては宝物だ。
 それまでもクラシックを聴かなかったわけではない。それ以前に購入していたのはオーマンディの「ツァラトゥストラはかく語りき(R.シュトラウス)」カラヤンの「運命」(但しこれは弟にプレゼントした物だ)。ストコフスキーの「白鳥の湖」「新世界」。誰の演奏だか忘れたが「1812年序曲(チャイコフスキー)」。ツァラトゥストラは、映画の影響だし、1812年はコージー・パウエル(ドラマー)の影響だ。白鳥と新世界はきっと魔が差したのだ。
 
 そんなとき、メータの「復活」のジャケが目に入った。

resurrection.jpg

 当時は金色の帯が掛かっていて、マーラー「復活」と書いてあったように思う。
 私は、このタイトルとジャケットだけで5千円のこの盤を買った。内容なんか全く来たこともなかったし、マーラーという作曲家も初めて目にした。
 こういうのを邂逅というのだろう。レコードに針を落とした瞬間、弦のトレモロの上にコントラバスが重々しい旋律を奏で始める。この冒頭を聞いた瞬間に、私は打ちのめされた。ああ、こんなクラシックもあるのか、と思った。
 この曲には最後の二つの楽章に声楽が使われている。そもそも声楽というのは、私にとっては不自然な発声と、画一化されたテクニックで、クラシックの中でも最も馴染まないものの一つだった。ところが、この1枚のレコードのおかげで、全く声楽に関する考え方が変わった。
 大学ではクラシック関係のサークルに所属していたが、このレコードのおかげで、最初から声楽が好きだという顔をしていた。
 この復活という曲は、ベートーヴェンの第九のようだし、恐らくマーラーは意識していたに違いない。時間的には第1楽章20分、第2楽章10分、第3楽章10分、第4楽章5分、第5楽章35分で、約80分かかる大曲だが、非常にまとまったいい曲であると思う。
 第1楽章をマーラーは交響曲第1番の巨人の葬送行進曲だとしている。死と復活というのは西洋人の、たとえクリスチャンでなくても何らかの重要なテーマなのだろうと思う。マーラーはユダヤ人だし、クリスチャンではあるが、社会的な事情で洗礼を受けているようなので、信仰心がそれほどあったとは思えない。末期の言葉も「モーツァルト!」だそうなので、音楽こそが、彼にとっての宗教であったに違いない。
 元々私は第1楽章が大好きで、そこばかり聴いていた。冒頭の重々しさから嵐のような中間部など、楽章の中でもかなりメリハリのある曲だ。そしてフィナーレの、序奏とは逆に高いところから急降下するような旋律。この辺りのびっくり交響曲もどきなやり口は、6番でも使われているし、マーラーというのはひどくこういうドラマチックな方法が好きなのだな、と感じる。私は大好きだが、こういうところが嫌いな人も多いだろうなと思う。
 穏やかな第2楽章と、「不思議な角笛」という歌曲集の1曲の旋律をそのまま使ったスケルツォ、第1楽章と終楽章は単独でもよく聴くが、この二つの楽章は単独で聴くことはない。実をいうと、私はマーラーのスケルツォはそれほど好きではない。
 第4楽章も「不思議な角笛」から取られた曲だ。この曲は厳かで、次に来る復活のプロローグとしてまことに相応しい。長すぎないのもいい。
 そして、静かに消え入るように終わる4楽章の直後、第1楽章の最後を逆に行ったかのような形で駆け上る旋律とともに、劇的に終楽章が幕を開ける。
 この楽章はソプラノとアルトのソロ、そして合唱で華々しく色取られているが、私は非常にオペラチックなものを感じる。オラトリオといった方がいいのかも知れない。指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀の時に聴いたクロップシュトックの詩に啓発されたようなことを本で読んだが、だとすると、その詩がなければマーラーのこの曲は「復活」にはならなかったのだろうか、と思う。そうしたら、私も今頃クラシックをそれほど聴いてはいなかったかも知れない。
 かなり長いオーケストラの演奏の後、合唱にそのクロップシュトックの詩が登場する。私は実は第九も好きなのだが、やはり比べものにならないくらい、「復活」の方が好きだ。これは多分、「合唱」が、歓喜の歌なのに、「復活」が復活だからだ。禅問答のようだが、このニュアンスの違いは、解る人だけ解ってくれればいいといった感じで、これは単純に私の個人的な資質の問題だ。
 今では復活だけで10種類前後の演奏を持っているが、実はメータ盤はCDを持っていない。一番好きなのは、今のところ、ずいぶん昔にレヴァインがどこのオーケストラだったか忘れたが、FMで放送になったライブの演奏だ。今でも大切なテープだ。
 メータのレコードは売れないで手元に取ってある。これはこれで、今でも十分に名演だと思う。当時はかなり、話題になったようだが、その当時は私はそう言うことには疎かった。
 クラシックという音楽は、やはり特殊だし、歌謡曲やポップスに比べると、近寄りがたい部分がある。だが所詮音楽なので、慣れてしまうと、その中にあるポップスでは味わえない良さというのがあるのだ。
 ハードロックばかり聴いていた10代の後半は、クラシックと言っても、ロック歌手が話題にするから聴いてみようと思い、概ね、大きな管弦楽曲が多かった。多くのロッカーが「バッハ」と言っていたから、それでも私は自分の好みで取捨選択はしていたのだが、このマーラーの「復活」は、そんな私に音楽(聴くだけだが)への大きな転換点を与えてくれた大切な曲である。これからもずっと、愛してやまない曲と言い続けるに違いない。もっといい曲や、すごい曲があっても、この曲だけは別格なのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です