由比敬介のブログ
略語・または言葉を短く言い表すこと・短縮
略語・または言葉を短く言い表すこと・短縮

略語・または言葉を短く言い表すこと・短縮

 大人は時々、「最近の若い人の言葉は分からない。何でも短くする」などという。
「若い人の言葉は分からない」は、ある程度、「古い言葉は分からない」の裏返しなので、子供が大人の言葉を分からないのと同様、大人が子供の言葉を分からないのは普通のことだ。もちろん、子供の立場の「解らない」は、多分に勉強不足という側面があることも、また事実だ。だがこれは、言葉の変遷という文脈の中で、アローワンスを広く取って考えていかねばならない問題でもある。
 例えば、同様な問題が、外国語ばかりを使う一部のビジネスマンや、評論家、業界人などと、一般の人との間にある乖離、それぞれの業界にだけ通用する言葉等存在し、必ずしも若者に対して「おまえらの国語はいいかげんだ」と主張することはできないように思う。それでも何となく、多くの大人が、「最近の若いやつの言葉は・・・・」と思うのは、何かがありそうだ。実際には単なる世代間のギャップがほとんどではあっても、昔に比べて情報量が多いことと、表現手段が多様化したことで、自分たちが子供だった頃の大人とのギャップ以上のものを、大人達は感じているに違いない。
 その一つが、「あけおめ(あけましておめでとうございます)」「ことよろ(ことしもよろしくおねがいします)」等の表現や、告白することを「告る(こくる)」という風に言ったりする短縮表現で、以前テレビで誰かが、それを気に入らないと言っていた。ただ、言葉を短くするという表現手段は、古今東西、常にあることで、例えば英語などでも、CD ってなの略かなんていうのも、業界によって違ったりする。「あけおめ」なんて可愛いものだ。むしろ、近しい間柄で、「明けましておめでとうございます、本年もどうぞよろしく・・・」なんていうのは気恥ずかしくて言いづらいという場合もあるだろう。「あけおめ、ことよろ」がいいという感覚は分からなくはない。
 うざったいなどという言葉も、最近では「うざい」になり「うざっ」になる。これは、「がんばれ」が「がんばっ」になったのと似ている。
 先日、金八先生の昔のが流れていて、その中で三原じゅん子が新宿のことを「じゅく」といっていた。これでは新宿か原宿か解りづらいような気もするが、当時、「じゅく」といえば、学習塾ではなく新宿を指すというシチュエーションがあったのだ。今でも「しぶちか」といえば、渋谷駅の地下街だったりする。
 但しこれらの言葉は消えてしまうものが多い。非常に短命なものと、しぶとく生き残っていくもの、そしてふるくから使われていても、消えてしまう言葉、意味の変わってしまう言葉、その中で生きているのだ。
 よく「美しい日本語」などというが、「美しい」という、一見共通概念でありそうなのに、実は人によって大きく違う感覚的な言葉で表現された内容は、極論をすればこのみに他ならない。
「袖振り合うも多生の縁」という言葉も、「袖摺り合うも他生の縁」、そして、「多少の縁」となり、ほとんどちょっとした出会いのことだと思っている人も大いに決まっている。こういうことの間違いに気がつくために、現代が用意しているのはクイズ番組であり、読書ではない。
 こういう世の中の変化がいいか悪いかというと、私はあまり良くないなあ、と感じる世代ではあるが、部分的にはやむを得ないのだろうとも思う。
 少なくとも、若い人が言葉を壊しているような物言いは違っている。彼らの言葉の多くは非常にローカルであり、そのほとんどは消えていく刹那的な言葉である。むしろその中から生き残る言葉というのは、社会的に認知されていくわけで、いい言葉なのだ。・・・内容は悪くても。
 ただ、それでも尚、日本語というこのひらがな、カタカナ、漢字で構成された滋味豊かな国語は、愛すべき言語である。微妙な言い回しや、表現の多彩さは世界に誇っていいと思う。長く大切にはしていきたい。

1件のコメント

  1. 機動戦士ガンダムSEED

    デジタルカメラ、約して「デジカメ」・・・は実はサンヨーの登録商標です。
    困りものは、「デジタル一眼レフ」をどう短くするか?
    「デジイチ」「デジ眼レフ」「デジタル一眼」・・・どれも今イチ。D-SLRがスマートかも?
    オフ会お疲れ様でした。

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