徳川家康


 NHKの大河ドラマのお話だ。
 先日来、TSUTAYA DISCASで、「徳川家康」を順次借りて観ている。
 山岡荘八の原作で、横山光輝もマンガにしている、非常に長い小説のドラマ化だ。大河の21作目で1983年の作品だ。
 ぼくはリアルタイムで観ていない。再放送など基本的にないから、今回が初めてになる。
 徳川家康を滝田栄、信長に役所広司、秀吉に武田鉄矢、今川義元は、今は亡き成田三樹夫が演じている。「編み笠十兵衛」の船津弥九郎以来、成田三樹夫は好きな俳優だ。
 巷間の家康像とは違って、大柄でりりしい家康だと思うが、まだ10回を見終わったところだが、なかなかいい。
 
 20年も前の作品だが、あまり亡くなっている俳優さんが少ない。すごいことだ。
 まだお話は、桶狭間を経て、信長が美濃を攻略する前の段階なので、ようやく家康が少年を脱して滝田栄に変わったばかりと言ってもいい。
 この話は家康の父、松平広忠の代から始まるからだが、広忠は近藤正臣が演じている。柔道一直線の結城慎吾、ピアノで猫踏んじゃったを足の指で弾く男だ。
 そしてその正妻、於大の方は大竹しのぶなのだが、この演技が泣ける。これまであまり大竹しのぶという女優をちゃんと見たことがなかったのだが、とても引き込まれる演技だ。こんなにすごい女優さんだったとは知らなかった。これを見れただけでも、ちょっと幸せだ。
 原作は秀吉の九州征伐の前で挫折した。横山光輝のマンガは何回か読んでいるので、どういう描き方を山岡荘八がしているかは解るが、原作をもう一度最初から読み直す気力はちょっと無い。
 普通家康は「狸おやじ」などと評され、あまりいい描き方はされない。小ずるく、信長、秀吉の後を受けて天下を我がものにした狡猾なじいさんとして描かれることの方が恐らく圧倒的に多い。
 しかし山岡版の家康は第10回に出てきた「厭離穢土、欣求浄土」を生涯貫き通した高潔な男だ。「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし」で有名だが、ぼくは個人的に、家康の実像はこちらが近いと思っている。
 性善説というわけではないが、200年近く続いた戦国の世をまとめ、世界に類のない260年という太平の世の基を築いた男が、それほど狡猾で悪い本姓を備えているようには思えない。
 確かに天下に覇を唱えるということのために、人も多く殺しているに違いないし、多少なりとも狡猾な駆け引きなども当然しているかも知れないが、マンガや小説に出てくる世界征服を狙う総統のような意識で、戦国を終焉に向かわせ、尚かつ平和な世を維持する基礎をつくるなどということは、簡単にできることではない。
 僕は、日本の武士道精神みたいなものをそれほどありがたがっている方ではない。・・・それほど知らないという方が正しいが。武士道とは死ぬことと見つけたりみたいな言葉は、好きではない。
 殺し合いが平然と(少なくとも現在より)、しかもそこに大儀をぶら下げて行われていた時代が、いいはずはないので、なぜかと言えば、もしその時代に自分が生きていたら、その刃から逃げることに躍起になっていたに違いないと思えるからだが、とにもかくにも、せめてそこに秩序をもたらした家康という男は、たいした者だと思うわけだ。
 個人的には秀吉の方が好きなのだが(面白いから)、信長や秀吉とは全く違った角度で天下統一を考えていたと思えるのだ。
 話の内容は知っているのだが、これからも十分楽しみだ。あと40回。まだ先は長いな。

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