由比敬介のブログ
巌窟王
巌窟王

巌窟王

 最近、「巌窟王」というアニメを夜中に放映している。「巌窟王」と言えば、言わずと知れたアレクサンドル・デュマの小説「モンテクリスト伯(Le Comte De Monte Cristo)」の邦訳タイトルの一つだ。
日本では、デュマは「モンテクリスト伯」と「三銃士」の2作で有名だ。「三銃士はその続編「20年後」と「ブラジュロンヌ子爵」を合わせて、ダルタニャンの一生を描く活劇、かつ宮廷絵巻みたいな感じだが、「モンテクリスト伯」は、活劇的ではあるが、「三銃士」のトーンとは大分違った、かなりミステリー的な手法も入った復讐劇である。邦訳で5巻から7巻とかなりの長編だが、その長さを感じさせない、恐ろしいほどの文章力で全体が貫かれている。個人的には生粋のエンタテインメント作品だと思っていて、日本では、ある意味、ここでのカテゴリーである「文学」という言葉と対峙的な位地にある作品だとも思う。尤も、私自身は「文学」という言葉を、文字で書かれた作品といった意味で捉えているので、その意味では十分に範疇であるが。
 さて、私が最初に「モンテクリスト伯」と出会ったのは、恐らく中学の頃、ラジオドラマだったような気がする、元々小説に限らず、文章を読むのが大嫌いで、SFに出会っていなかったら、ただの読書嫌いで終わっていたかも知れない人間なので、家にあった「モンテクリスト伯」を含む子供向けの文学全集の1巻など、小学生の時に目を通すはずもなかった。今となっては、もっと早くから本に興味を持っていれば良かったとも思う。
 友人と、結託した検事らの手によって奸計にはまり、結婚を前にしたエドモン・ダンテスは、牢獄送りとなる。イフ城と呼ばれる海上の牢獄の奥深くに繋がれたダンテスは、そこで一人の神父に出会い、モンテクリスト島の宝の秘密を聞き、神父の死を利用して脱獄する。莫大な富を得たダンテスは、モンテクリスト伯爵と名乗り、かつての3人に復讐を始めるという、設定だけ聴いてもわくわくするような内容だ。デュマはこの中に、二重三重に人間関係のドラマを仕立てつつ、驚異的なスピード感と、複雑に織り込まれた伏線で、類い希な物語を作り上げた。物語としてよくできすぎているとさえ感じる。
 映画化も何度もされているが、なかなかこれという作品に出会わないのは、「レ・ミゼラブル」と一緒である。デパルデューが作ったテレビドラマなど、最終回は腹が立った。こんな結末、ありえんだろう。といった感じだ。
 今回「巌窟王」という名で放映されているアニメは途中の一回を何となく見たのと、ホームページで情報を若干見ただけだが、ストーリー展開は原作にかなり近い。但し主人公はアルベール・ド・モルセールで、モンテクリストのかつての恋人メルセデスと、仇敵フェルナンとの間にできた子供だ。原作でも非常に重要な役回りで、いかにもの若くて潔癖だが、かなり直情的な青年だ。ただ、この作品をアニメ化するに当たって、私には何で舞台が未来なのか、全くもって制作者の意図が分からない。原作を、モチーフ程度に扱って、新しい物語を作っているならともかく、1回見た限りでは、人間関係や登場人物そのものまで、ほとんど原作そのままで、サイトを見ても、最近の若いやつのためにそうした、程度にしか私には理解できない。
 アルベールを主役に持ってくるのは悪い視点の変え方ではないと思うが、それでも、それによって描かれる世界は、モンテクリスト伯とは実は別物だ。恋人ユージェニー・ダングラールなどの描き方も1回見た限りでは結構行けているように思うので、いかにも舞台設定が私には不満だ。
 この作りで、舞台設定も原作通り、結末も原作通り、最後の決めぜりふも原作通り、のアニメだったら、私は相当に入れ込んでいたろうが。絵も不思議な世界を醸し出してはいるが、個人的にはCGの使い方などはあまり好きではない。単純に、見づらいという理由だけだが。
 それでも、全体が終わって、ストーリーと構成がしっかりしていれば、多分買ってしまうかも知れない。でも、アルベールが主人公なら、最後のシーンは私の期待しているものとは違うはずなので、きっとがっかりしちゃうんだろうな。

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