由比敬介のブログ
氷点
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氷点

 三浦綾子の「氷点」が好きだ。とても良くできた小説だ。
 小説が持っているセンス・オブ・ワンダー(これはSFのための用語だが)を、あれほど強く意識させられる小説はない。
 陽子という無垢なキャラクターに「私の心にも氷点があった」と言わせるくだりは、涙無くして読めない。そして二重のどんでん返し。どんでん返しというのは、それ一発勝負ではいけない。緻密に描かれた前半の物語があったればこそ生きるどんでん返しなのだ。
 これはそもそもが不倫の話から始まるので教科書などでは多分扱われない小説だとは思うが、キリスト教的な原罪とか、心に罪を犯したことがないものがまず石を投げんといったシーン、様々な人の罪と愛の在処みたいな葛藤を描いているように思う。
 ファウストの昔から、「永遠に女性なるもの」が魂を救うといった感覚が、キリスト教にはあるのかも知れないが、まさに陽子はそういった象徴のように思える。
 生まれた瞬間から十字架を背負わされたような数奇な運命を、少女時代に過ごさねばならないのにも関わらず、人を信じ、愛し、許す、言ってみれば天使のような娘に「心の氷点」と言わせるところで、普通は良くできた小説だが、そこに綾をもう一つ作ることで奥深いエンディングを演出している。
 
 続編もそれなりに面白いが、正編の域には達していない。但し、作者が描かんとした部分は、恐らく正編では不完全で、幼い無垢な少女が強さを身につけるまでを描きたかったのだろう。例えば、「風と共に去りぬ」のスカーレットのように、雄々しく立ち上がる陽子を描くことで、あたかも十字架に欠けられたイエスが復活するように、苦しく辛い人生でも、ここから生きていくのだという強いメッセージが感じられる。
 実際、正編の方は、エンディングのすばらしさに、作者のメッセージ性は弱い。むしろ花登筐とか、小公女ではないが、虐げられてきた主人公が最終的に光を浴びるような、そんなエンディングだった。
 多分これでは作者の思いは描き切れていなかったのだ。
 ただそれでも、一個の作品としては、正編のクオリティの方が遙かに高い。
 作家であれば、こういう作品が書きたいと思わせる作品の一つである。

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