由比敬介のブログ
性犯罪前歴者の情報把握
性犯罪前歴者の情報把握

性犯罪前歴者の情報把握

 性犯罪を犯した者の把握に関して、昨年の奈良の少女誘拐殺人事件の影響で議論が高まっている。
 性犯罪を犯した者の再犯率が高いことと、刑務所での矯正が極めて困難であると言うこともその根拠の一つになっている。警察庁長官が口にしたのが始まりだ。公明党の浜四津議員なども積極的に働きかけているようだ。
 テレビで、「性犯罪にも痴漢から奈良の事件まで程度にも差がある」というような趣旨の事を、犯罪者履歴の把握、または公表に関して慎重な立場の学者(だと思う)が言っていた。痴漢は冤罪の問題が微妙だが、いずれにしてもたとえ痴漢であれ、「性犯罪者」としてレッテルを貼られたくなければしなければいいだけの話であって、ほとんどの人はやらない。そんなレベルのお話しでないことだけは確かだ。
 また、犯罪者は2度罰せられないという趣旨の法的な問題を同じ人が言っていた。別の人が、犯罪者の把握は2度目の罰には当たらないと言っていたが、確かにその通りだ。
 犯罪を犯した人が、刑罰を受けたことによって、果たしてその罪が完全に許されるのだろうか?ある種の罪は、消えないのではないかと、私は思う。
 例えば、人殺しという犯罪が、10年間刑期を全うしたらその罪が消え、社会復帰と更正を、社会が認めるというのが現在の仕組みだが、たとえそうであるにせよ、そういう類の犯罪は、加害者は一生背負って生きていくべきではないのだろうか?
 人一人の命を奪う犯罪を犯した加害者に、いったいどんな人権があるというのか?
 人権というのは、誰にでもあるかも知れないが、その重さは違うはずだ。殺人犯と、被害者が同じ人権の重みのはずがない。少なくとも今は、被害者の人権の方が圧倒的に軽く見られているとしか思えないケースが多いように思える。
 目には目を、歯には歯をというハムラビ法典の言葉はあまりに有名だが、それそのものは極端かも知れないが、一面真実を言っている。
 今回話題になっているのは性犯罪者であるが、「犯すか犯さないか分からないものの監視」という表現を、前出の学者は言っていたが、普通の人よりは犯す可能性が高いからこそ、きちんと警察が把握すべきだし、二度と犯さないような更正プログラムも必要だ。
 アメリカのように、一般の人にまで情報を公開することがいいのか悪いのかは、必ずしも是とすることは私にはできないが、「世間の目」を意識しないと生きていけない環境に彼らが置かれたとしても、やはりそれは自業自得なのであって、食い逃げや万引きなどとは明らかに性格の異なる犯罪だ。もちろん、万引きだって重要な犯罪だ。たかが万引きなどとは私は思っていない。しかし、それでも婦女暴行や、痴漢よりも、軽いとは思う。
 
 とにかく重大な犯罪を犯したからには、そのことは一生消せないし、背負っていくのだという世の中でなければならない。私はそう思う。

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