新聞に新国立劇場で上演予定のベルクのオペラ「ルル」が、全3幕完成版から、全2幕版に変更になったという記事が載っていた。全3幕を披露するには歌手の水準が低いという理由からだそうだ。私は今までこういう例は聞いたことがない(あるとは思うが)。
「ルル」の前に、そもそもベルクという作曲家は、シェーンベルク、ウェーベルンと共に新ウィーン楽派の一人で、12音技法を駆使した音楽を作った。12音技法とは、ドからシまでの12音を一つの音列として、これの組合せによる変装で音楽を作るものだが、いろいろ決まりがあるらしい。考えてみれば、ドレミファソラシドという学校で習う音階は、ドからシまでの7音で構成されている。音階というのは当然違う周波数の音なのだろうが、5つの全音と2つの半音という組合せが、どうして調和が取れて聞こえるのだろう?中途半端な感じだ。
半音ずつ上がっていく12音を同じように扱って音楽を作ろうという、純粋に論理的な試みは、面白いと思う。しかしその結果、調性はなくなり、ピアノの黒鍵と白鍵を順番に叩いた時の不気味な音列ができあがる。
そんな仕組みで音楽を造りあげていたベルクという人は、そんなルールの下で、実にロマンティックな音楽を書く人で、ヴァイオリン協奏曲などは名曲だと思う。
そんなベルクには「ヴォツェック」と「ルル」というオペラがある。当然、12音技法で書かれている。メロディーがないというと語弊があるが、いわゆる馴染んだイメージでの調性を持ったメロディーはない。当然歌手の技量は尋常でないものを要求されるだろう。
実は私は、一昨年の11月に日生劇場の開場40周年記念で行われた二期会と東フィルによる日本での「ルル」3幕版初演を観た。ルルに天羽明惠、シェーン博士と切り裂きジャックに大島幾雄、ゲイシュビッツに小山由美という配役だった。
これは非常に良かった。元々ベルクの音楽は好きだが、「ルル」は、その一部を管弦楽組曲にしたものをCDで聞いたことはあったが、本物は初めてだった。
ストーリーも大時代的なオペラと違い、現代劇であり、非常に腥い感じがするオペラだった。もちろん最後がジャックによる刺殺で幕を下ろすという理由にもよるかも知れないが、12音技法で書かれた音楽というのは、私は絶対そうだと思うのだが、明るい音楽にはなりえない。その殺伐とした音列が、なぜか時折異様に艶めかしく聞こえたと思うと、容赦なくそれが切り裂かれるといった感じで、とてもスリリングだった。
こういう音楽を聴くと、自分が音楽の勉強をろくにしていないことが腹立たしくなる。もっと何かが判っていたら、もっと面白く観れるのになあ、と言うことだ。
シェーン博士をやっていた大島さんという人は、85年の「ヴォツェック」の初演も、まさにタイトルロールでやっているそうなので、日本では、ベルクのエキスパートと言ってもいいのだろう(っていったって、ベルクのオペラはこの2曲しかないが)。
まあ、そんなオペラが、1年半で、再び演目に上がると言うこと自体がすごいと思うが、どうで未完なので、無理して3幕版でやらなくてもいいのだろうが、やはり話の筋が大分違うので、今回の3幕版から2幕版への変更というのはかなり思い切った決断なのではないだろうか。
歌手の上手い下手は、所詮、私は一介の観客に過ぎないので、結果と、その時の気分でしか判断できないが、「ルル」というオペラは、現代音楽の多くが持つ、「覚えづらさ」と、「表現のしにくさ」を内包しながら、実は非常によくできたオペラなので(例えばライトモティーフと言われても、1回しか聴いたことがないと、全く判らなかったりするが)、多分歌手にとっては、必要以上に難物なんだろうな、という予想はつく。
日生の「ルル」、たまたまだが、観ることができたと言うことを感謝したい。そんな風に思った。