八犬伝

 TBSで「南総里見八犬伝」を二日にわたって放映した。
 いや、実はほとんど見ているわけではないのだが、かつてNHKの人形劇で子供の頃見ていた記憶もあり、あるいは、水滸伝との関連などもあり、興味はある。
 NHKの記憶は、犬塚信乃を近石真介がやっていて、坂本九がナレーションをやっていたくらいの記憶しか無くなっているが、楽しく観ていたと思う。八犬士の名前も、前述の信乃以外は、犬田小文吾、犬山道節、犬飼現八くらいしか記憶になく、今回残りの4人の名前を聞いても、記憶と一致せず、新たに知ったという感覚だった。
 私は水滸伝が好きなのだが、水滸伝と八犬伝は、そもそも話の内容は全く違うわけで、比較するのもどうかと思うが、最も大きな違いは、八犬士は玉梓の呪いを受けながらも、実はそれと対抗する正義の犬士であり、仁義礼智忠信孝悌(NHKの歌でよく覚えている)に表される性格を基本的には犬士達が持っているのに対し、いかにも国のためにという義に参じたように見える108人の好漢は、確かに中には正義の士もいるにはいるが、どう考えても、盗賊や人殺しが集まっており、どちらかというと、本宮ひろしが描くやくざに似た、義憤に満ちた暴力集団といった趣がある。
 里見家再興という明らかな目的を持った八犬士と、結果的に何が目的だか解らなくて、堅物でほとんど世の中の見えていないような宋江の理想に振り回されて、108人が非業の最期を遂げていくような、悲しい物語となっている水滸伝は、明白に作者の意図するところが違うように思える。というより、前者は滝沢馬琴という作者が、言い伝えなどを下敷きにしていたとしても、明確な意図を持って作品に仕上げているのに対し、水滸伝は結果的に伝説をまとめ上げたというところで終わっているように思える。
 だが水滸伝の魅力は、少なくとも私にとっては、その破天荒とも言える、いいかげんな108人の生き様にこそあるのでる。そういう意味では、八犬伝は三国志などにより影響を受けているのかも知れない。
 しばらく前に八犬伝は、文庫で訳本が出ているので読んでみようかな、というきっかけを与えてくれた。読んだ後にでも、ビデオを見てみることにしよう。

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