由比敬介のブログ
Rainbow Risingについて
Rainbow Risingについて

Rainbow Risingについて

「Rainbow Rising」は、言うまでもなく(知っている人には、だが)リッチー・ブラックモア率いるハードロックバンド、レインボーのセカンド・アルバムだ。これを会社のブログとして立ち上げたが、何というタイトルを付けたらいいのか決めかね、取りあえず設定をするために、仮に入れたのがこのタイトルだ。・・・そして、そのまま本タイトルになった。
このアルバムが、ラジオから流れていなかったら、ロックはもとより、洋楽を聴くことすらほとんど無かったかもしれない、ズービン・メータ指揮のマーラーの交響曲「復活」(・・・もちろんウィーンフィルとの盤だ。)と同じく、一期一会とも言える貴重な出会いであった(一期二会という突っ込みはこの際は無視)。
さて、一期一会とは茶道の言葉で、

(茶会の心得から。利休の弟子宗二(1544~1590)の「山上宗二記」に「一期に一度の参会」と見える)生涯にただ一度まみえること。一生に一度限りであること。「―の縁」(広辞苑)

一生にただ一度の貴重な出会いであるということ。
◎「一期」は一生の意。茶道の心得から出たことばで、仮に何度主人と客としての関係を持とうとも、その日の出会いは一生にただ一度だけのものと心得て交わるべきだの意から。(故事ことわざ辞典)

ということで、一生に一度の出会いであると同時に、それは当に精神的な意味として、この場合は茶の湯だが、その茶席を常にそういう気持ちで迎えろと言うことである。
私たちは、日常の中で、多くの人と出会うといってもいいし、地球上に住む人間の数に比べれば、実に出会いは少なく貴重だと言っても間違ってはいない。物事はその視点をどこに置くかによって決まるからだ。
音楽との出会いが一生の何かに影響することがあるように、人との出会いは尚更多くの影響を及ぼす。それは個人の出会いもそうだし、仕事での出会いもそうだ。
そんなことは当たり前・・・・なのかもしれない。
だがこの一期一会という言葉は、「それを当たり前と思うな」と言うところから出発している。一期一会とその瞬間を意識し、大切に扱うことで、茶の湯はただの休息から芸術にまでその価値を高めるのだ。
こういう思いの向け方というのは、非常に大切だと、私は思う。もちろん、日常的に肩肘張って、常にそういう意識を持つなどは、できるわけもないし、それほどの意味はない。だが例えば仕事の中で、こういう意識があるのと無いのでは、絶対に違うと思うのだ。

結果的に解る出会いとしての一期一会と、その出会いこそを一期一会と意識することは似て非なるものだ。
私たちは、常にその後者を仕事上のお客様との出会いに意識したいと考えている。そのことが、後にお客様が私どもを選んで良かったと思っていただくための第一歩であると思っているからである。
このブログはエフ・ミニヨンの代表である阿野が、ウェブの技術的な話題にとどまらず、様々なテーマについて書き綴っていくもので、肩書きを背負った個人ブログである。このブログの内容が、仕事上のお客様ばかりではなく、様々な形での出会いのきっかけとなることを祈り、常に一期一会を期して記録していきたいと思っている。
ですます調で書こうかとも思ったが、自分らしさを出すために、敢えてそれを避けた。・・・いい方に転びますように!

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