年の暮れ

今年も一年が終わる。とはいえ、明日はいつでも明日なので、12月31日の翌日になるというだけには違いない。
人はこういう区切りや記念日など、何かのエポックをもって何かを変えたり、新たな道に進んだり、変化のモチベーションにすることが多い。走り幅跳びの踏切線みたいなもので、勢いを付けるにはいいのだ。
普段の日に「さあやろう」と思うよりも、変化に勢いが付きそうな気がするではないか。
問題は、その気分なのであり、その結果必ずしも目的は達成されないかもしれないけど、幾分達成されることもある。本当は、是が非でもやるんだという気持ちが大切だという人もあろう。
それも一つの真理ではあると思うが、この世界には70億に迫る人が生きている。
その70億人が同じ生き方、同じ考え方をするなどと言うのは所詮無理なことで、たまたまこの間何かで聴いたモーニング娘。の曲で(今時!)みんながかわいかったら、平凡みたいな歌があった。

同様に、皆が同じようにできないからこそ、この世は成り立っているのだ。
それは記録や結果だけの話ではなく、ものの考え方や生き方もそうだ。
もちろんよりよい生き方や、より幸福な生活を望み、それに向かって努力することは、どんな場合でも大切だし、いいことでもある。でも一様に、これが正しいという風に決めることなど、どだい無理なことだ。
A地点からB地点まで行く方法は、最短は一つかもしれないが、多くのルートがある。どれをとるかも、あるいはB地点に行かないという選択肢も含めて、決めていくこと、そしてそれに自ら責任を持っていくことが個人主義というものだ。
その中で、他を認めていくということがしかし実は、より正しい個人主義なのであって、必ずしも自己を主張するだけのことではない。
そう、世の中全てバランスだ。人が生きていられるのも、空気中の元素の絶妙なバランスかもしれないし、バランスの取れた、いい1年にするために、踏切線を踏まないように気をつけて、来年はジャンプしたいものだと思う。
今年お世話になった全ての方、取引先も友人も、宅配で顔を合わせただけのお兄さんたちや、レジで笑顔をくれたおばさんたちにも、今年かかわったあらゆる方々に、「ありがとうございました」。そして、来るべき年も、是非よろしくお願い致します。

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