由比敬介のブログ
ストレス
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ストレス

 昔、森高千里の歌に「ストレス」というのがあった。
 ストレスというのは「ストレスがたまる」というような文脈で使うように、精神的緊張(広辞苑)のことを言う場合が多い。いらいらとか、鬱憤とか、そんな用語で説明できるような個人の中にわだかまる何かだ。だが元々は「外界から与えられた刺激が積もり積もった時に防衛反応として示す、生体の肉体上・精神上の不具合。(新明解国語辞典)」のことで、溜まった結果のことを言うようだ。その原因を作るものをstressorストレッサーという(レッサーパンダが立ち上がるというのとは関係がない)。
 まあ、用語のことは別にして、ストレス社会というように今の世の中は様々な形でストレスを感じることが多い。だが、そもそも人間が人間であるということがストレスを感じると言うことではないのかという気がする。
 人は、他人と諍いを起こしたり、思い通りに事が運ばなかったり、思わぬ難問に立ち止まったりと、様々な要因によってストレスに晒される。個人的には躱すのが比較的上手い方だと思うが、それでもないわけではない。あるいは恒常的にストレスに晒されていても、それが慣れとなって解らない部分があるという見方もできるかも知れない。
 ストレスといって、人によってそれをストレスと見るかどうかという判断がかなり個人の意識に依存するので、一概に比較はできないが、例えばいじめに遭うとか、手に余るプロジェクトの担当になるとか、といった場合、それをいじめと感じるか、手に余ると思うかによって、同じことでも大分、ストレスの度合いは違うように思える。
 また、それを如何に発散できるかと言うことでも違うはずだ。
 最近の日本酒のCMで、家まで上司がくっついてきて、酒の蓋を開けたとたんに上司が消えるというのがあるが、まさにあれがストレスの正体であり、発散なのだ。
 これをしたら発散できるという定番的な何かがあれば、それを支えにストレスに耐えることは、ただストレスを我慢するよりも、かなりの度合いで楽だろう。例えば家に帰って妻に愚痴を言うとか。逆にそれがストレスを増幅させる家庭もあるかも知れないが。
 いずれにせよ、ストレスを感じない人というのは、極めて希だろう。
 ストレスという言葉はしかし、極端な苦悩や悲嘆といったものから来る精神的苦痛を、日常的には表現していない。謂われのない殺人や事故で、身内などを失った場合の精神的苦痛は、それをストレスとは言わない。どちらかというとストレスというのは、より日常的な活動の中から、普遍的に存在する圧力のことを指す場合がほとんどで、言ってみれば「解消」できる程度の苦悩であるのだ。
 もちろん、ストレス性の病気はたくさんあるし、たとえ胃が痛むだけでもそれは味わいたくない痛みだ。
 それでもそれから逃れられないのが今の社会であるし、恐らくそもそも人間がDNAの中にしまい込んでいる、生きることと相克する何かなのだろう。であればやはり、如何にそれを躱し、それを克服していくかということに努力を払った方がいい。概ねその努力は、楽しいことをしたりすることだったりするので、あまり辛くないはずだ。裏を返せば、ストレス解消のための楽しみみたいなところで、遊びや気抜けの言い訳が立つというものだ。

1件のコメント

  1. 機動戦士ガンダムSEED

    ストレスは命を縮めます。内分泌系の問題を起こさせ、様々なトラブルを引き起こすそうです。
    例えば歯。ストレスにより「歯ぎしり」「食いしばり」が引き起こされ、歯がすり減るのであればまだしも、歯の神経が炎症を起こしたり歯が折れたり、歯がぐらぐらしたり、顎の関節が変形したり、噛む筋肉に痛みが出たりと、良いことがありません。
    そのほかにも有名なのが脱毛(大汗)や胃潰瘍、口内炎。
    だからストレスの発散に常に注意を払う必要があると思います。
    そろそろどうですか?ストレス発散・・・笑

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