まんが

 書店へ行って漫画のコーナーへ行くと、ほとんどの書店で、ほとんどの漫画にビニールがかぶせてある。当然立ち読み対策であることはよく分かる。以前にテレビでフランスで漫画が流行っているという映像を流していたが、その店内たるや、日本以上の立ち読み座り読みが横行してすごい様だった。
 しかし客は立ち読みをする人間ばかりではない。もちろん立ち読みを、書物の中を確認したり、多少の内容を読んだりすることを含むのであれば話は別だ。書店ではほとんどの書物は、内容をある程度確かめられるように書棚に並べられている。漫画とアイドルなどの写真集だけが透明なカバーを付けられて売っている。談合でもしているのではないかと思うほど、各書店共通仕様だ。かつてビニ本というのがあったが(今もあるのかな?)、まさにビニ本状態だ。
 私はそもそも漫画を多く読む方ではない。漫画週刊誌に到っては、1年間に数回、何かの待合室とかで、たまたま読む本でもなければ手にする程度だ。では漫画が嫌いかというとそういうわけでもない。むしろ漫画にしろアニメにしろ、日本が世界に誇れる文化だとも思っている。ただ、他の本や音楽と一緒で、漫画だって選ぶのだ。誰でもそうだろう。
 タイトルや表紙を見て気になっても、どんな漫画なのか全く判らない状態で、買う気にならない。
 もちろん、何かを購入する場合、あるいは食事でも何でもいい、お金を払って手に入れる物には、何らかのリスクがつきまとう。それと一緒だという意見もあるだろう。そういう意味では、CDなどもそういうケースが多い。私も、ジャケットやタイトルだけでCDを購入したことは一度ならずある。だが、だからいいというわけではない。
 私はビニールの中を見てみたいし、それで買う気にならなければ買わないし、買う気になれば買う。書店でそういう買い物がしたい。丸々一冊読むことは、私の性格からもライフスタイルからもあり得ない。実は多くの人がそうだと思う。ただ、あの場で何冊も読みふける輩がそれはそれで沢山いるのだ。それは知的所有権の侵害であり、書店の営業妨害であり、客にとっての邪魔である。
 ブックオフのように二束三文で叩き買いをして棚に並べているのとは訳が違うから、書店の大変さは解る。考え方によれば、違法性のない万引きと同じだからだ。そもそも万引きについての認識も世の人たちは非常に軽い感覚を持っている。これは今日、夕方の日テレで特集していた痴漢と一緒で、社会としての認識の甘さが根幹にある。鉄道会社のように、自動改札を導入することでキセルを大幅に減らせたのとは訳が違い、なかなか数を減らすのは難しい。なぜなら、社会全体がこれらの罪を、あまり重く捉えていないからだ。
 痴漢に到っては、地方の「迷惑条例違反」だそうだ。軽犯罪法にもないのだろうか?
 万引きをする奴らには、すべからく販売業させる、痴漢をする奴らには、生理的に嫌な人物にあちこち触らせる、飲酒運転を軽く考える者どもには泥水運転手しか走っていない道路の真ん中に立ってもらう、というようなことをしないと、彼らにはことの重大さは解らないのだろうか?・・・・多分解らないのだ。これは、社会保険を管理するそれぞれの省庁のあり方や、税金を扱う行政のあり方を見ていれば明らかだ。当事者感覚というのは、実は非常に難しいのだ。これは自戒も込めて、それを持ちたいと思う。またそういう教育をして欲しい。
 
 立ち読みと書店は恐らく長い間の戦争状態だったのだ。書店はバリアを張ることで対抗しているが、それによって明らかに利益の一部を失っている。・・・考え方によれば、ブックオフや漫画喫茶など、書店や出版業界から目の敵にされている業態は、むしろそれを救っている側面もあるのかも知れない。・・・・その影で失っているものも多くあるとしても。
 とにかく、中が少し確かめられるようにして欲しいものだ。いちいち店員にお願いしないでも。

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