由比敬介のブログ
受信料とNHK
受信料とNHK

受信料とNHK

 今日テレビで、NHKのディレクターが、空出張で1700万円を着服した件について、当のディレクターにインタビューをしていた。NHKは告訴する予定だと言うが、そのディレクターは、事実をカメラの前で認め、「申し訳なかった」と謝罪の言葉を述べた。
 それはともかく、気になったのは、インタビューそのものだ。意外にあっさりと彼が認めてしまったせいもあるのだろうが、同じ事を繰り返して聞いたり、NHKは受信料で成り立っているのだから云々と、たたみかけるような質問をしていた。
 別にそのディレクターを養護するつもりはないが、事実を認め、すみませんと言っているのに、これ以上何を聞き出したいのか、非常に空回りの感が強いインタビューだった。
 さて、実はこれはフジテレビ系列のインタビューだが、ちょっと引っかかるのは、NHKのことを言うのに、必ず私たちの受信料で成り立っているのだから・・・・という文言だ。別に不払いの人がいるから、彼らは除外してとか、そんなことではなく、受信料で成り立っているから悪いのか、ということだ。
 すくなくともテレビ局のインタビューを聞いていると、NHKは受信料収入だから責任が重く、民放は広告収入だから、少なくともNHKより裁量権が広いという風に聞こえることが時々ある。
 例えば、同じ事がフジで発生したら、その場合は、会社とその個人の対立だが、NHKは、国民とその個人との対立だ、というくらいの意気込みを感じるのだ。
 だが、果たして本当にそうか?
 確かにNHKの問題はそれなりにあるだろう。
 しかしNHKにだって従業員はいるし、基本的に収入源の多くを受信料に頼らざるを得ないのは、NHKのせいと言うより、法律がそうなっているからだ。
 これは、何でもそうだが、我々は貨幣経済の上に暮らしているわけで、あらゆるものやサービスは、代価を払って、得る。そのクオリティがその代価にあっているかどうかは確定的に言えるわけではない。
 ワンコインのランチを食べているサラリーマンの隣のホテルで、数千円のランチを食べている主婦がいるとしても、どっちの味が上かは、食べる人間次第だし、相場というものはあっても、かなり緩いわけで、バッグ一つが、該当で千円で売られているものから、100万円近くするものまであるわけだ。
 原材料費や手間賃、機能やデザインで、客観的に見てそれほどの価格差があるのは、本来はおかしいが、それらとは違った価値観が、その差額を払わせて満足を与えているのだ。
 顧客がある意味その部分の価格差を容認し、購入する以上、一応は棲み分けが成り立つ。
 実際、公共性という意味では、NHKも民放も、今更大きな違いがあるわけではない。違いといえば、方や広告収入で、方や受診料というだけだ。収入の得方は違っても、詰まるところ、視聴者が最終的な顧客であることにはどちらも違わないわけで、ことさら受信料だから適正な使い方が重要なわけではない。
 
 尤も、受信料は基本的に無理矢理払わされるわけで、そう言う意味では、より多くの人に責任を負わされているという見方もできないわけではない。だが裏を返せば、NHKは、受信料をきちんと払っている人間にだけ責任を負っているが、民放は、広告主の商品を購入する可能性のある、不特定多数に対して責任を負っていると見れば、より民放の方が責任が大きいことにもなりかねない。
 今回のような事件で、ことさら、受信料などと、錦の御旗のようにこれさえ出しておけば、NHKをつつけるかのような使い方は、本質的な議論を損ねる可能性がある。
 NHKより民放の方が自浄作用があるわけではない。
 

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